受験の友 こんな風に我が家は受験を乗り越えました vol.23 親子でゆるーい交換日記
小2の宿題に毎日「日記」がありました
私はマメではありません。
しかし、小3~小4にかけて親子で交換日記のようなものをつけていたことがあります。
なぜ始めたのか考えていたのですが、たぶん小2の宿題で出ていた「日記」の延長だったと思います。
小2の時、毎日宿題として「日記を書く」というのがありました。
毎日、朝に提出をすると放課後までに先生がコメントを添えてくれて返してくれるというものでした。
先生は、そんなに空き時間はないはずなのに、いつコメントを書いてくださっていたんだろうと思うと感謝です。
小3から「親子で交換日記(?)」を始めました
3年生に進級し、日記の宿題はなくなりました。
宿題でなくても、自分で書けばいいじゃないということで、少し書いていたようなのですが、すぐに飽きてしまいました。
一番の理由は、書いても大人からコメントをもらえなくて、書き甲斐(やりがい)に欠けたのでしょう。
小2の時は、先生からの花マルや、ご褒美シールが楽しみでしたが、それもありません。
毎日続けていたものを辞めさせるのももったいなく、私との交換(?)日記を始まりました。
とはいっても、簡単なもので
- お出かけした日には、チケットを糊で貼り、ひとこと感想を書くくらいのものです。
- 面倒な日は、可愛いパッケージを切り抜いて貼るだけの日もありました。
- 普段の日はたわいもない出来事、誰々ちゃんと遊んだ、アイスを食べた
くらいのものです。
また交換日記というよりは、どちらかが書き込めば良いというものです。
娘も母も飽き性なのによく2年間も続いたと思います、自分をほめてあげたいです。
ご褒美制度も導入
この交換日記も、娘が書くと私がコメントを入れること&ご褒美をあげることにしました。
「ブーブーマイレージ」という制度です。
ノートにスタンプを貯めていきます。まだ3年生ですから、
- 10こたまったら、たい焼き1つ
- 20こ溜まったら、あんみつ1つ
- 30こ溜まったら、青い鳥文庫1冊だったと記憶しています。
(和風好き、本好きの娘へのご褒美です。)
本が欲しければ、たい焼きやあんみつを我慢しなければなりません。
娘は、「たい焼き」と「本」を同数くらいゲットしていたはずです。
「あんみつ」は1回だけじゃなかったでしょうか。
大したものではないですが、これを欲しくて、それなりに頑張ってました。
なぜ辞めたのか、明確には覚えてないのですが、公文の算数に時間を取られたのとDSに時間がとられたから。
最後の方は、私が書く回数が増え面倒くさくなりやめたのだと思います。
今になって考えると、私が書く、コメントするといっても、たかが5分程度時間を取られるだけなので小学校の間は続けた方が良かったなと後悔しています。
たわいのない出来事でも、文字にする、文章にするというのは力につながるのかもしれません。
簡単な日記ですが、ネタを探して短時間で書くという訓練になったのかもしれません。
娘は今でも、「たい焼き」と「読書」が大好きです。